佐賀海苔おもしろ読本
海苔の考現学

私たちノリの仲間

 小学校で先生が「海藻の種類をあげなさい」と質問したら、ワカメやコンブはすぐ浮かんできても、ノリといった生徒がいなかったという話を聞いたことがあります。私たちの食卓にのぼる乾海苔から、海藻のノリをイメージするのは簡単ではありません。

列島の北から南へノリの個性も十人十色

 ひと口にノリといっても、アマノリ属のノリは、日本の沿岸だけでも約二十八種類も知られています。そのうち養殖に使われるのは、主流の地位を占めているスサビノリ、アサクサノリで、そのほかに東北、北海道の一部の養殖場ではウップルイノリが使われます。こうしたノリは、分類学上で定義すれば「原始紅藻類ウシケノリ科アマノリ属」になります。
 これらノリにも十人十色の人間同様に、個性があるんです。例えばスサビノリは乾海苔にした場合に、光沢が出て品質に優れているといわれていますが、厚手でやや硬めです。 アサクサノリは薄くて柔らかく、味も良くて香りに富んでいますが、虚弱体質という短所もあります。各地のノリ養殖場では人工採苗などの技術で、こうしたノリの個性を改良しながら、種ノリの育種に努めてきました。
 ちなみに「アサクサノリって、東京湾で採れるから、そう呼ぶんでしょ?」と思わず聞いてしまいそうですが、昭和二十年ごろまで養殖ノリの原藻の主流をなしてきたアマノリ属の一種の和名なのです。 成育分布も北海道から鹿児島県まで列島縦断し、その内湾に広がっています。一方、浅草海苔と漢字で書くのは、昔は乾海苔を総称してそう呼んできたからです。

アサクサノリ
アサクサノリ
スサビノリ
スサビノリ

岩につけばイワノリひびにつけば養殖ノリ

 岩ノリもまたノリの仲間です。私たちが岩ノリと呼んでいるものは、海岸の岩上に自生するアマノリ属の総称。つまりアマノリがひびや網につけば養殖ノリになり、太陽の下で波しぶきの栄養を吸収して岩に生えれば岩ノリと呼ぶわけです。 冬の荒波をまともに受ける日本海側に多く、そのため産地によっては雪ノリという、なかなか風趣ある名前で呼ばれています。
 ところで海藻を大別しますと、養殖ノリの原料になるスサビノリ、アサクサノリなどは紅藻類、ワカメ、ヒジキなどは褐藻類、アオノリ、アオサなどは緑藻類。赤味、褐色、緑色など海藻の色で分類しています。
 よくお好み焼きなどにふりかけるアオノリは、紅藻類のアマノリと同じノリ仲間かと思ったら緑藻類でした。むしろアオノリの仲間では、緑藻類のカワノリが近いようです。でも淡水の川で育つという変り種です。熊本県で採れる水前寺ノリは藍(らん) 藻類で、アサクサノリのような葉っぱの形ではなく、粘りのある塊りです。このように一口でノリといっても、本当にいろんな仲間がいるものです。

海が畑になってから

 有明海の佐賀県沿岸がノリ畑になって、かれこれ約五十年です。その間の成長ぶりは他県にないユニークな試み、独自のプロセスに見られます。そしていまやノリ養殖事業は、佐賀県の基幹産業にまで成長しました。

効果をあげている独自の集団管理方式

 有明海の佐賀海苔は質・量とも日本一を記録、王者の位置を占めています。ところが意外なことに佐賀のノリ養殖の歴史は大変新しく、本格的に始まったのは昭和二十八年ごろからです。有明海でのノリの養殖は明治三十三年に熊本県水産試験場が菊池川尻で養殖試験、次いで福岡、佐賀、長崎の一部に広まり大分でも始めるようになりました。そしてようやく九州がノリの漁場として注目されるようになったのは、第二次大戦後のことです。
佐賀のノリ養殖事業の、よその産地で見られない独自のプロセスが、佐賀海苔を名実ともに日本一にした理由です。 それは、有明海という恵まれた漁場環境に加えて、つねにノリを育てる漁家と佐賀県有明海漁業協同組合連合会(現佐賀県有明海漁業協同組合(有明海漁協)・・・平成十九年佐賀県有明海地区各漁協が合併)県と大学の研究者の四者が、一体になってノリづくりに取り組んできた軌跡からもうかがえます。
 とりわけ昭和四十三年から全国でもユニークな集団管理方式を打ち出して以来、その成果は目覚ましいものです。これは前年に起こった異常干ばつと疑似白ぐされ症による大被害の反省を踏まえての大決断でもありました。
 まず県と有明海漁協は、ノリ漁場の新たな区画整理を徹底して碁盤の目を作ったのです。これまで密殖していた漁場は、船通しあるいは潮通と呼ばれる水路をスッキリさせました。潮の流れがよくなったおかげで、病害を免れるだけでなく、漁船の航行がスムーズにできるようになり、さらに良質なノリが生産されるようになりました。
 有明海漁協は集団管理方式を漁家に徹底して指導しながら、さらに漁場環境の改善、採苗や養殖技術の集団管理、冷凍網の導入などの対策を着実に進めてきました。そして生産の増大、安定化に成功しました。

いち早く量産から質へうまい海苔づくり運動

 しかし昭和四十年代に入ると冷凍網の導入やノリ養殖ブームとともに生産量が急速に伸びます。こうした過剰生産が問題になり始めたなか、佐賀県は量産から品質への転換、つまり「うまい佐賀のりつくり運動」を昭和四十九年からスタートさせました。昭和五十一年には佐賀海苔の平均単価が全国一になり、運動の成果が海苔の一枚当たりの単価に現れ始めたのでした。
 このように、有明海漁協は佐賀海苔の品質向上に努めながらこの年さらに、全国で初めてフリー糸状体の種苗センターを作ります。他県では県の水産研究機関が管理することの多い種苗を、佐賀では有明海漁協が直接管理しているのです。このセンターの役割は、県の有明水産振興センターと有明海漁協が、共同で優良品種を選ぶと同時に、格安で安定した種苗を各生産者に配布するのが目的です。
 こうして人々がお互いに力を出し合い、協力してきた結果、佐賀は全国で優秀な海苔の産地として知られるようになりました。

波瀾万丈ノリの一生

 佐賀県有明海を畑にノリを育てる漁家は約千人を数えます。そして、それぞれの家には、一般家庭にある新年一月から始まるカレンダーとは別に、九月から始まる「新うまい佐賀のりつくりカレンダー」がかならずかけてあります。そのカレンダーには月の満ち欠け、潮汐区分、ノリを育てるための注意事項などが細かく書かれています。
 秋の気配を感じたら、漁家にはピーンと張りつめた空気が漂います。いよいよノリづくりのスタート、春が訪れる頃の漁期終了まで、片時の油断も許されないのです。
 陸上の植物が春に芽を出し、夏に向け大きく生長するのと異なり、ノリは水温が下がるにつれ、生長します。 春から夏は有明漁協の培養場でフリー糸状体からカキ殻糸状体として生長を続けたノリは、夏から秋にかけ殻胞子(タネ)をつくります。それが水温二十三度台になるとカキ殻から飛び出します。その飛び出す頃合を見計らって、ノリ網に付着させることが、漁家の最初の大仕事です。これを採苗というのですが、例年十月、水温が二十三度台で海の状態が良い日に行われます。 ノリ網を三十~三十五枚重ね、海に立てた支柱に固定し、殻胞子が繁茂したカキ殻を一~二個入れた落下傘と呼ばれる袋を網の下に吊していきます。
 やがて、胞子が飛び出し網についていくのですが、その付着具合を確認して、網の重ね枚数を五枚展開にしていきます。この間、ノリの胞子は葉体となり、生長しながらその葉体からさらに胞子を出していきます。この時期には、丈夫なノリに育つことを願って、網が浮泥やケイ藻で汚れないよう、網の洗浄に力を入れます。同時に、潮の干満を考えながら、ノリを日光浴させるための網の高さの調節も重要な作業です。日光浴の時間はノリが生長するにつれ、長くしていきます。
 採苗から二十日ほど経てば、網は一枚張りになり、ノリ網がこれまでよりももっと遠くまで規則正しく並んでいき、有明海がまさに広大なノリ畑といった趣になります。
このころ一部の網は陸揚げされ、適度に乾燥させてマイナス二十~三十度で冷凍保存します。十二月下旬~1月上旬の出番まで、しばらくの冬眠です。
 一枚張りの網で順調に育ったノリは秋芽とよばれ、十五センチ前後に生長する十一月中旬から第一回目の摘み採りをします。 幅約一・五メートル、長さ十八メートルサイズの一枚の網からは、一回の摘み採りで板海苔四百~六百枚分のノリが採れます。摘んできたノリは各漁家で、よく洗い、ミンチにかけ、ノリすき、乾燥、ノリはぎ、選別を経て、百枚毎の束にします。
秋芽は十二月中・下旬まで、ノリの育ち具合を見ながら三~四回摘み採られ、その度に乾海苔になっていきます。
さて、冷凍庫で眠っているノリは、秋芽網を一斉に撤去した後に登場します。この 一斉撤去が佐賀海苔の品質のよさを保つ鍵でもあるのです。冷凍網張り込みから、十日~二週間目あたりで、第一回の摘み採り時期を迎えます。その後、厳寒の海と戦いながら、一家団らんの正月もそこそこに漁期終了まで、七~八回摘み採りが繰り返されます。漁期を通して、摘み採り、製造が十二回程度行われるのですが、病害や天候の影響がほとんどなければ、秋芽網・冷凍網の初摘みの海苔が特においしいそうです。
佐賀有明のノリづくりは、農業でい うところの二期作。秋芽網の一斉撤去で、ノリ畑全体が次の生産活動に入るシステムです。現在では全国的に一斉撤去は珍しくありませんが佐賀県ではいち早くこの動きをとり込んだのです。そして、当地のノリづくりは、集団管理体制をとり、病害を最小に止め品質の高い海苔の安定生産に努めているのです。

食卓までの長い道のり

 漁家で丹念に選別し、百枚一結束にした乾海苔は漁協の各支所の検査場に集められ、専門の検査員によって、厳しくチェックされます。規格・品質区分は百以上にも細かく分かれており、プロの判断で等級格付けがされるのです。検査が済めば、各検査場から漁協本所に集荷。いよいよ入札です。
 入札日はあらかじめ決められており、まずは全国から集まった指定の五十を超える海苔商社の人たちによって、見本海苔の品定め見付けが行われます。品質、香り、色、光沢、すき方、乾燥、破れや縮みの有無などを、見極め、経験をもとに素早く判断をしていきます。他の生産地と違い、佐賀有明産の海苔は全量出荷入札が原則となっていますので、入札の日は生産者にとっても、商社の人にとっても緊張の連続といえるでしょう。
 見付けに費やされる時間は約三時間、その後各商社が所属する組単位(入札投票ができるのは十一組)で入札価格を専用端末に入力し、入札締め切り時刻に一斉開票します。
 そして、各検査場で等級格付けされた口別にもっとも高く値をつけたところに落ちていきます。入札は十一月の下旬から四月まで、多いときには九〜十回開かれます。
ちなみに海苔一枚の過去最高の入札価格は平成十九年度に誕生した「佐賀海苔有明海一番」の三百円です。
 さて、入札が終われば、のりは行き先が決まり、各海苔メーカー、問屋へとその多くが佐賀を旅立ちます。年末から年始にかけては、一海苔”新海苔”として、専門店やデパートの店頭にも姿を見せますが、ほとんどの海苔は加工工場へ。そして、年間を通して、おなじ味わいを保つために冷凍保管、又は通常八~九パーセントの水分含有量を五パーセント未満にまで落とす火入れが行われ、保存されます。
 同時に消費者への安定供給をはかるため、海苔メーカーでは、順次、焼海苔や味付海苔、また、消費者ニーズに合ったサイズに加工して全国へ出荷します。
 デパートやスーパーに行けば、確かに、いろいろな海苔が並んでいます。巻きずしに合う一枚そのままのサイズ、手巻き用、一回で食べきれるミニパック、味つけにしても、紫蘇風味、わさび風味、カレー味まであるようです。食卓やレジャーシーンがさらに楽しくなるようなメーカーの工夫がされています。
 ただ、ノリ養殖漁家の手を離れ、食卓への長い道のりをたどって行くうちに、いつのまにか、佐賀海苔の名は消えていき、ほとんどの家庭が、もっぱら海苔メーカーのブランド名で海苔に親しんでいます。
 農産物やその加工品が産地名入りで人気を得ているこのごろ、海苔もそのようになったなら、各家庭とノリ畑・有明海の距離がグッと接近するような、そんな気がしてなりません。

 

ノリに秘められた栄養パワー

 おにぎりや寿司に巻いたり、ちらし寿司やそばの上に散らすなど、さまざまな形で日本食に取り入れられています。また、パスタやピザのトッピングなど洋風の料理にもよく合います。ノリは、御飯を美味しくいただく名脇役のような存在ですが、実は驚きの栄養素を含むスーパー健康食です。そんなノリに秘められた栄養パワーの真実とは?

ノリは栄養の宝庫

 ノリは、「海の大豆」「海の緑黄色野菜」と言われるほど、さまざまな栄養成分を含んでいます。たんぱく質は約三十~五十%含まれ、これは「畑の牛肉」と呼ばれる大豆のたんぱく質量にも匹敵します。また、現代人に不足しがちなミネラルやビタミン、食物繊維が豊富なことから、機能性食品として高く評価されています。
 ミネラル分の種類はさまざまで、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄分、亜鉛など。そのため、レバーが苦手な人も鉄分が豊富なノリを食べていれば、貧血の予防に役立ちます。ビタミン類は、A・C・B・B・Bが特に多く、十三種類のビタミンのうち十一種類が含まれています。ちなみに、ミネラルやビタミンは、体内でつくることができず、食べることでしか補給されない栄養素です。
 もう一つの主要栄養素である食物繊維は、おいしさの素であり、不要有害物質を排せつする働きを持っています。

現代人を救うノリパワー

 豊富な栄養成分を含みますからこそ、ノリを食べることで各種疾病の予防や、さまざまな効果が期待できます。
 その一つが、ガン予防です。 ノリに含まれる食物繊維の働きで、余分な毒物の排せつが促進されますが、その中に発ガン物質も含まれています。また、ベーターカロチン(体内でビタミンA)とビタミンCの相乗効果で、ガンになりやすい状態と言われる体内の酸化を防いでくれます。さらに、女性に嬉しいダイエットや美肌効果もあります。栄養価が高く、良質なたんぱく質が含まれるノリは、まさに低カロリーのダイエット食品。ベーターカロチンやビタミンCなどの抗酸化ビタミンは、乾燥や紫外線から肌を守り、若々しい肌づくりの効果も期待できます。
 その他、ノリに含まれるアミノ酸のタウリンという物質には、コレステロール低下作用や血圧低下作用があり、動脈硬化や生活習慣病といわれる種々の疾病の防止や健康維持にも効果があると言われています。

一日一枚ノリを食べましょう
 驚くべき栄養パワーを持つノリですが、最近ではその安全性を気にする方も増えてきました。そもそもノリは古代から、採取して、日干しにして、火であぶって食べられてきた天然素材の食品です。しかも焼くことで殺菌されますので、安全性が高いのが特徴です。生産者側も、添加物を含まない、自然で健康的な食品であることを念頭におきながら、徹底した安全管理のもと生産をしています。
 日本の食卓に欠かせないノリは、白い御飯にのせただけでも美味しくいただけます。その理由は、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸など、ノリ独特の甘味、こくを感じさせる旨味成分が多量に含まれているからです。さらに、どんな料理にでも合う便利な食材ですからこそ、アイデア次第でいろんな味を楽しむこともできます。
 ノリは、美味しく食べられる上に、健康増進や美容効果が高いスーパー健康食です。「ノリを一日一枚」を合い言葉に、そのまま食べるのはもちろんのこと、料理に一工夫したり、栄養を補給する。サプリメント感覚”で、毎日の食生活に取り入れましょう。

佐賀海苔おもしろ読本より引用

佐賀海苔おもしろ読本
発行/新うまい佐賀のりつくり運動推進本部
佐賀県佐賀市城内1丁目1番59号 (〒840-8570)
[佐賀県庁流通・通商課内〕
電話 (代) 0952-24-2111
平成30年6月発行 (改訂)

協力/佐賀県有明海漁業協同組合
企画/ (株) 電通九州