佐賀海苔おもしろ読本
海苔の揺りかご有明海

おいしさの秘密

 佐賀海苔は艶のある黒褐色をしていて、火で焙るとサッと緑色に変わります。口にした感じは柔らかく、とろけるような甘さがあって、スッと喉越しのいいのが、他の地域で採れる海苔と最も異なる特徴です。では、その独特のうまみを持った、高級な海苔を生み出す必須条件とは一体何なのでしょう。

有明海の自然環境はノリづくりに最高です

 まず第一には、おだやかで栄養分の豊富な有明海に秘密があります。有明海を数字で表すと湾の奥行きは約百キロメートル、幅はおよそ二十キロメートル、そして平均水深が二十メートルの浅海です。 多良岳から流れ出る塩田川、天山からは六角川、脊振山から嘉瀬川、遠く阿蘇山や九重山からは筑後川、矢部川などの大きな川が、養分のいっぱい含まれた水と土砂を運び込み、湾内の波の作用で海岸近くに広大な干潟をつくり出しています。
 もう一つ大事なことは適度な潮流。有明海の大潮時の平均流速は早崎の瀬戸で一時間に約十三キロ、住ノ江や沿岸部では約一~二キロもあり、上げ潮と下げ潮の流向はほぼ逆向きに変わります。 潮が川の真水と外洋の海水を混ぜ合わせ、ノリ養殖に適した塩分濃度に調合してくれます。また養分や酸素を供給し、環境の浄化もしているのです。また湾口で約三メートル、湾奥で約六メートルの潮差という海面昇降も、支柱に固定されたノリ網を日中一日一回干出させ、有明産独特のうまみを作り出していきます。

ノリ養殖情報
ノリ養殖情報
ノリ漁場の水温・ 比量・栄養塩の変化(平年値)
ノリ漁場の水温・ 比量・栄養塩の変化(平年値)

おいしい味を作り出す人の輪ネットワーク

 ここまでは自然条件ですが、これを最大限に活かす人の輪も佐賀には備わっています。有明海でのノリ養殖には、佐賀独自の集団管理方式が取られ、一貫した連係プレー長年の経験と実績で作り上げてきました。高級な海苔を安定した質と量で供給するためには、作り手相互の情報の交換や意識の統一がとても大切な課題なのです。
まず夏の終りに全組合員が講習会に参加して、その年の海況や気象などの説明を受け、それぞれの作業工程が決められます。そして十月からいよいよ相手は有明海水産振興センターは変化する塩分や水温を、マスコミを使って毎日定期的に流します。また『ノリ養殖情報』を発行して、ノリの生育、病気の発生や進行状況、海況の変動と予測、今後の養殖管理法などを知らせます。例えばノリに異常が発生した場合、いち早く対応するには情報が何時間で生産者全員に伝わるかがポイント。摘み採りのスピードアップ、養殖網の高吊り、病気にかかった網の撤去など、量や質に直接影響するので作り手には死活問題です。 「一時間の遅れがノリに出てしまいます。海況に悪条件が重なりますと、アッという間に全滅する」というのがノリづくりなのです。
 『ノリ養殖情報』はファックスで全生産者へ送信します。きめ細く行き届いた管理体制に支えられて佐賀の養殖ノリは、高レベルに足並をそろえた生産を可能にしています。

有明の仲間たち

 変化に富んだ内海の有明海は、堤防に陣取って潮の満ち干きをジッと見ているうちに、すぐ半日が過ぎてしまうような不思議な魅力を持っていることをご存知ですか? たとえばサーモンピンクに染まった朝焼けの干潟、やがて海を隔てて阿蘇の山並みからポッカリ昇る太陽。少し日が高くなると泥土は鈍色に表情を変えて、小さな生き物たちの小さな日々の営みがだんだん見えてきます。

干潟に繰り広げられる四季を追った風物詩

 すぐ目につくのが、ピョンと海面から飛び上がって岩肌によじ登るトビハゼ。一匹に気づいたら、波打ち際に沿ってずらっと並んでひなたぼっこをしています。そばで小さなカニのシオマネキが、海に向かって大きなハサミを振っておいでおいでをしていました。入江にはマツバボタンに似たシチメンソウや、キクのような花の咲くウラギクなど、海水と真水の混じる所に育つ塩生植物が、ほかの海とは一風変わった風景を形づくっています。
 おだやかな海を眺めていますと、そこに働く人の動きが気になってきます。岸近くで腰をかがめている年配の漁師さんが見えます。あれはアゲマキ掘りでしょう。 潟(がたつち)を少し削り取って開いた穴に素早く手を入れ、一瞬のタイミングで貝を引きずり出します。 ゾウの鼻のようなウミタケは、みお筋で長いねじ棒を器用に操って、水管をねじ切って引き上げます。貝柱がおいしいタイラギ漁はもっぱら潜水作業で捕ります。竹崎ガニで知られるガザミ捕りのカニかごも、イイダコをだます延縄にずらりと結びつけられた二枚貝の借り宿もこの土地独特の漁法です。

ムツゴロウ
ムツゴロウ
有明海
有明海

僕たちひょうきん族有明の海に住んでいます

 それに五月から八月のムツゴロウの求愛シーンはやはり感動的。雄はジャンプを繰り返して雌の関心を引き産卵を促します。卵は泥の中の穴の天井一面に、透明な糸で綴って一万個前後を整然と並べます。卵を産み終えた雌は穴を出て行き、代わって雄がふ化するまでの六日間、海水を入れ替え新鮮な酸素を卵に送り続けます。外見のひょうきんな姿に比べて、意外と情愛のこまやかな魚なのかもしれません。ムツゴロウは昼間の干潮時に餌を食べたり、縄張りに侵入するよそ者を脅したりよく動いて目立つ魚です。最近は数が少なくなりましたが、禁漁区の六角川河口の水産振興センター前で四月から十月末まで見られます。
銀色の笹葉のようなエツ、ちょっとグロテスクなワラスボ、ハゼの仲間で大型のハゼクチ、この地方でメカジャと呼ばれるミドリシャミセンガイ、干物になったウミタケなどは、地元の魚屋さんの店先でも見ることができます。その中のエッやハゼクチ、ワラスボもそうですが、シロチチブ、アリアケシラウオなど、有明海にしか棲息しないめずらしい魚介類もたくさん住んでいます。
日本最大の六メートルという潮差と、約百キロの懐深さが、この湾を不思議な生き物たちの宝庫にしているのです。
潟の変化にみとれていますと、エンジン音を響かせて何百という大船団が有明海に出漁して行きました。そういえばノリ漁の最盛期、冬の凍てるような真夜中の海に約千のサーチライトが揺れる光景も壮観ですよ。

佐賀海苔おもしろ読本より引用

佐賀海苔おもしろ読本
発行/新うまい佐賀のりつくり運動推進本部
佐賀県佐賀市城内1丁目1番59号 (〒840-8570)
[佐賀県庁流通・通商課内〕
電話 (代) 0952-24-2111
平成30年6月発行 (改訂)

協力/佐賀県有明海漁業協同組合
企画/ (株) 電通九州